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広島高等裁判所 昭和32年(ナ)3号 判決

原告 細迫左文太

被告 山口県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和三十一年十月三十日執行の山口県厚狭郡山陽町長選挙における当選の効力に関し中村徳治並びに河村謙甫が提起した各訴願につき昭和三十二年一月十九日被告がなした「昭和三十一年十一月三日厚狭郡山陽町選挙管理委員会のなした決定を取消す。細迫左文太の当選は無効とする。」との各裁決は之を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。

一、原告は昭和三十一年十月三十日執行の山口県厚狭郡山陽町長選挙に立候補し当選した者であるが訴外中村徳治及び同河村謙甫は右当選の無効を主張して中村は同年十一月一日河村は同月十三日山陽選挙管理委員会に各異議を申立て、同委員会は中村に対し同月三日、河村に対し同年十二月十一日夫々該異議申立を棄却する旨の決定をなしたので中村は更に同年十一月五日、河村は同年十二月十三日被告に対し夫々訴願を提起したところ被告は昭和三十二年一月十九日右各訴願につき前記山陽町選挙管理委員会の決定を取消し、細迫左文太の当選を無効とする裁決をなし同月三十日その旨告示をした。

二、ところで右裁決の理由とするところは要するに被告が前記町長選挙における全部の投票を審査したところ同年十月三十日開会の町長選挙会において有効投票と認めたもののうち他事記載又は候補者の何人を記載したかを確認し難いため無効投票と認むべきものが細迫候補につき二票、白石候補につき五票、同選挙会が無効投票と認めたもののうち有効投票と認むべきもの細迫候補につき九票、白石候補につき二〇票あるからさきに右選挙会において決定されている細迫、白石両候補者の得票数各五、六三六票から前示無効投票を減じ有効投票を加えるときは原告の得票数は五、六四三票となり白石龍彦の得票数は五、六五一票となり後者の得票が前者のそれよりも八票多い計算となる、従つて前記選挙会において細迫及び白石両候補者の得票が同数なりとし選挙長がくじを行い細迫左文太を当選人と決定したことは違法であるというに帰着する。

三、然しながら左記のものは細迫候補に対する投票として有効と認むべきものである。

(イ)(1) (検証調書添付第十六写真)

(2)    (同第十五写真)

この二票は前記選挙会では原告に対する有効投票と認めたものを被告が無効投票と認めたものであつて(1)の「」の記載を他事記載としているが右は「白」を記載せんとしてこれを誤記して抹消したことが認められるから所謂他事記載に当らず有効と解すべきであり、(2)の「」の記載は「」の字形は「ホ」の字を誤つて逆倒して記載したもの「」は平かなの「そ」の書き損と認められるから何れも細迫候補の投票と確認し得べく右二票も有効と解するのが相当である。

(ロ)  細迫常太(同第十八写真)の一票

(ハ)  細迫兼光(同第二二乃至二五写真)の二十三票

細迫常太は原告の父で昭和十二年五月既に死亡して居り、生前かつて厚狭町の前身たる厚生村々長を勤めたことがある。細迫兼光は原告の弟で本件選挙以前から引き続き衆議院議員でありかつて小野田市長を勤めた経歴がある。本件選挙は厚狭町と埴生町とが合併され山陽町が成立すると間もなく施行されたものでありその候補者たる原告家は原狭町にある旧き名望家であるが比較的交渉の浅い旧埴生町民の中には細迫姓に対する認識は深いが原告「左文太」の名に対する認識は甚だ浅い、かかる状況下に原告が立候補したのを知つて埴生町民の中には原告に投票する意思ではあつたが投票の際有名な「細迫」姓だけが頭に浮び「左文太」の名を想い出せず過去の著名人の常太や現在の有名人の兼光の名に結びつけて左文太と記載するのを誤つて常太や兼光と記入したものと解すべく、特に現衆議院議員の細迫兼光で町長選挙に立候補したと考えるものはないと思われるから細迫兼光の投票は細迫と言えば兼光の名に結びつける選挙民の潜在的感覚から生じた誤記であつていづれも原告に対する投票として有効と解すべきである。

(ニ) (同第二十七写真)の一票

被告はこれを雑事を記載した無効票十七票の中に入れているが「」の投票を有効と認めている以上これも有効と認むべきである。

以上(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の計二十七票を被告が有効と認めた五、六四三票に加えれば合計五、六七〇票が原告の得票数となる。

又前記選挙会で無効としたものを被告が有効と訂正した投票がシライ以下二十票(検証調書添付写真(以下単に写真と略記する)第五乃至第十一)あるがこれらは全部候補者の何人を記載したか確認し難い無効のものと認むべきである。特に白石の二字のうち白の字に付した白井は有効で石の字に付した石井が無効となるのはおかしい。「」(第八写真の12)の票の下部に書かれたものは鉛筆の痕跡であつて字ではない。又第十写真の18第十一写真の19、20の票を有効とみるのは不当も甚しい。

然らば白石候補の得票数は山陽町選挙会で有効とした五、六三六票から被告が無効とした五票を差引いた五、六三一票となり、原告の得票は白石候補より三十九票を上廻る計算となり原告が当選人に決定さるべきが当然であるから請求趣旨のような判決を求める。

四、(立証省略)

被告代表者は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

一、原告の主張事実中一、二の事実は認めるがその余の事実を否認する。

二、原告主張の(イ)(1)の票は同票を記載した選挙人は「」と明確に「白」を記載して居り「」を白の誤記とは認められず明かに他事記載である。(イ)(2)の票は筆跡からして候補者の何人を記載したか確認できない仮りに「」が「ホ」の記載誤りとしても「ホラサコ」となり山陽町選挙会が無効と認めた「ボスサコ」の投票と同様候補者を誹謗した投票となる。

原告主張の(ロ)細迫常太の一票は死亡した著名人に対する記載であることが明白であるから無効である。

原告主張の(ハ)の細迫兼光の二十三票は候補者でない著名人に対する投票であるから無効である。右各投票には原告の弟で現に衆議院議員であり、かつて小野田市長であつた「細迫兼光」に投票する意思が表現されている。

原告主張の(ニ)の「」の一票は候補者を誹謗したものとして無効である。「」の投票を有効と認めたのは「」の投票は明確に記載されているに反し「」の投票は文字の記載が拙劣で選挙人が「ホソサコ」と記載しようとして「ソ」を失念したが脱落したものと認めた。

三、原告は被告が候補者白石龍彦に対する有効投票と認めた「シライ」以下二十票について候補者の何人を記載したか確認し難い無効投票であると主張するが

「」(第五写真1)の一票

「」(第五写真2、3、第六、七写真4乃至9第十写真16)九票

「」(第九写真13)の一票

以上計十一票は、昭和三十一年十月三十日執行の山口県厚狭郡山陽町長選挙は旧厚狭町と旧埴生町が同年九月三十日合併して山陽町が新設されるに伴い最初に行われたものであり、立候補者は細迫左文太と白石龍彦の二人のみで、右両名はいづれも旧厚狭町に住所を有していること、従つて旧埴生町在住の選挙人のうちには候補者に対する認識が十分でない者があつたこと、並びに山陽町長の被選挙権を有する者のうち白石龍彦と類似する氏名の者であつてかつて公職に就き若くは就こうとした知名人が存しないこと等を考慮するときは白石候補に対し投票する選挙人の意思が明白であるから白石候補の投票として有効である。即ち旧埴生町の選挙人の一部には白石候補に投票しようとして「白」の次の字が「石」であつたか「イ」「ヰ」であつたか思い出せず文字を記載するに当り「シライ」「白井」と記載することは経験則上十分あり得るし、白石の語尾「し」は、それ自体又は次に続く音の関係上明瞭に発音されず「しらいし」と発音されたものが「しらい」とひびき、候補者が「しらい」であると誤解されることがあり得るからである。

「」(第八写真12)の一票は文字が拙劣で上の二字は「しら」を記載したもの下の字は「い」と「し」が小さく間隔なく記載されたもので「しらいし」と判読されるから白石候補の投票と認める。

前記以外の八票は何れも文字が拙劣であるが、

(イ)  「」(第八写真10)の票は白石と記載しようとして先づ白に酷似する百と記載し白でないことに気付きこれを抹消し結局「百石」と記載したことが看取できる。

(ロ)  「」(第八写真11)の票は「四」は「し」の当字で「しらいし」と判読できる。

(ハ)  「」(第九写真14)の票は文字を欄外に記載し殆んど文字を知らない選挙人の投票で白石の白を誤記したものと認められる。

(ニ)  「」(第九写真15)の票は白の字が思い出せず「シラ石」と記載しようとして「ラ」を失念したか脱字したものと認める。

(ホ)  「」(第十写真18)の票は欄外に記載され、白の字と酷似の「日」を記載し次に石の字を「」と誤記し不安のため更に「シライシ」と記載しようとして「ラ」を失念したか脱字したものと認める。

(ヘ)  「」(第十一写真19)の票は、「シ」と「ヒ」は子音が脱落して発音される場合があり「しらいし」と判読できる。

(ト)  「」(第十一写真20)の票は初めの字は筆跡から見れば「シ」であり第三字目は「ト」ではなく「イ」と記載しようとしたことが窺われる。

四、以上のように原告が自己に対する有効投票と主張する二十七票は何れも無効であり、原告が無効と主張する前記二十票は何れも白石候補の投票として有効であるから原告の主張は理由なく被告のなした裁決に違法はない。

五、(立証省略)

理由

原告が昭和三十一年十月三十日執行の山口県厚狭郡山陽町長選挙に立候補して当選したが訴外中村徳治及び同村河村謙甫が右当選の無効を主張して夫々原告主張の日同町選挙管理委員会に対し異議を申立て、原告主張の経過で該異議申立棄却の決定、被告委員会に対する訴願がなされ、昭和三十二年一月十九日被告委員会は「昭和三十一年十一月三日厚狭郡山陽町選挙管理委員会のなした決定を取消す、細迫左文太の当選を無効とする」との裁決をなし、同月三十日その旨告示をなしたこと、右裁決の理由とするところは要するに被告委員会が右選挙における全部の投票を審査したところ昭和三十一年十月三十日山陽町選挙会で有効投票と認めたもののうち他事記載又は候補者の何人を記載したかを確認し難く無効投票と認むべきものが細迫候補につき二票、白石候補につき五票、同選挙会が無効と認めたもののうち有効投票と認むべきもの細迫候補につき九票、白石候補につき二〇票あるが、さきに決定された得票数各五、六三六票より前示無効投票を減じ、有効投票を加えると細迫候補五、六四三票、白石候補五、六五一票となり後者が八票多く、右選挙において、同数としてくじを引いて原告を当選と決定したことは違法であると謂うにあることは当事者間に争がない。

然るに原告はその主張の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の計二七票は原告に対する投票として有効と認むべく、被告委員会が白石候補の有効投票とした前示二〇票は候補者の何人を記載したかを確認し難い無効投票と解すべきものと主張し、被告はこれを争つているので原告主張の右各投票の効力につき次に判断する。

(イ)の(1)の投票について

この投票は筆跡から見て最初白と記載せんとして誤記して抹消し、更に白石と記載したがこれを抹消して最後に右側に細迫左文太と記載したものと認められるから原告に対する有効投票と認める。

(イ)の(2)の投票について

この投票は全体としては明瞭に書いてあり最初の「」も達筆に書いてあり「ホ」を間違えて逆倒したものは到底認められないので結局候補者の何人を記載したかを確認し難いから無効とする。

(ロ)の投票について

証人福永米雄、岡村惣作、津曲直臣の各証言を綜合すれば、細迫常太は昭和十二年頃死亡した原告の父であつて旧厚生村の村長を一期勤めたことがあること、細迫家は旧厚狭町における名望家で細迫姓はよく知られているが左文太の名は知らない者があり、老人のうちには常太の名を覚えている者があることが窺われるから、この投票もすでに故人となつた原告の亡父を選挙しようとしたものでなく左文太の認識が薄いため誤つて常太と書いたもので原告を選挙しようとする意思ありと認めるのを相当とし同人の有効投票と認める。

(ハ)の投票について

前記各証言によれば細迫兼光は山口県選出の代議士で現在社会党の国会対策委員長であり戦時中小野田市長を勤めたこともあり山陽町附近では著名人であることが窺われる。然るにこの二三票は何れも細迫兼光を表示していることが明白で、右は原告の氏名誤記又は原告を選出する意思と認めるよりは実在する著名人に対し投票する意思が表示されていると認めるのを相当としこれを無効とすべきである。

(ニ)の投票について

この投票は文字の記載も拙劣で「」の右肩の点も筆勢の点のようでもあり全体から見て原告の投票として有効と認めるのが相当である。従つて右(イ)の、(ロ)、(ニ)の計三票は原告の有効投票と解すべきである。

次に原告が白石候補の無効投票であると主張する二〇票は検証調書添付写真表示の1乃至20に該当するので便宜該数字を挙げて票の表示とする。

1乃至9及び16の投票について

何れも「シライ」又は「白井」の記載があるものである。前記各証言を綜合すると旧厚狭町と旧埴生町が合併して山陽町が成立して一ケ月後に本件選挙が行われたもので立候補者は原告と白石龍彦の二名のみで右両名共旧厚狭町に住所を有し旧埴生町の選挙人のうちには候補者に対する認識が十分でない者が多かつたこと、又山陽町には被選挙権者中白石龍彦に類似する氏名を有する著名人はいなかつたことが窺われるから右事実を考慮に入れると旧埴生町の選挙人の一部には白石に投票しようとして白の次の字が石であるか「イ」「井」であつたか思い出せず文字として記載するに当り「シライ」「白井」と記載することがあり得るし、又「しらいし」の語尾が明瞭に発音されず「しらい」と誤解される場合もあり得るので右各投票は白石候補の投票として有効と解するのが相当である。この点につき原告は白石の二字のうち白の字を付した白井は有効で石の字を付した石井を無効とするのはおかしいと主張するが文字の組み合わせによる判断ではないので、前記説示のような理由や語感からいつて「石井」の場合はこれを有効とすることは無理であるから右主張は採用できない。

10の投票について

この投票は白と記載しようとして白に似た「百」と記載し、これを抹消し「」と記載したことが看取されるから白石候補の有効投票と認める。

11の投票について

この投票は「四」は「し」のあて字で全体から「しらいし」と判読できるから同じく有効である。

12の投票について

この投票は文字は拙劣だが上の二字は「しら」と記載され次の字は「い」と「し」が小さく間隔なく記載されたものと認められ「しらいし」と判読できるから白石候補の投票として有効である。

13の投票について

「しらい」と判読できるから前示理由により有効である。

14の投票について

この投票は上の字は白を誤記したものと認められるから有効である。

15の投票について

この投票は「シラ石」のラの脱字と認められるから有効である。

17の投票について

この投票も「シイシ」と判読されるから「ラ」の脱字と認められ有効である。

18の投票について

この投票は上の二字は白石の誤記で不安なため更に「シイシ」と記載したものと思われ前同様「ラ」の脱字として有効である。

19の投票について

この投票は「ヒ」は「シ」と間違えて発音される場合があるから「シライシ」と判読できるので有効である。

20の投票について

この投票も「シライシ」と判読できるから有効である。

以上計二〇票は何れも白石候補に対する有効投票と解される。

然らば被告委員会が有効とした白石候補の得票数五、六五一票は正当であり、原告の得票数は被告委員会の認めた五、六四三票に前示認定の三票の有効投票を加えると五、六四六票となるが、両者を比較すると依然白石候補が五票多く、従つて白石候補が当選し、原告の当選は無効であるから結局本件裁決と結論を同じくする。

従つて本件裁決の取決を求める原告の本訴請求は理由なきに帰し、棄却を免れないから民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判官 岡田建治 佐伯欽治 松本冬樹)

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